本記事でわかること
・IEC62368-1における空間距離、沿面距離の求め方がわかる。
・旧規格IEC60950-1との違いがわかる。
IT機器の規格IEC60950-1は2020年12月に新規格IEC62368-1に移行しました。
この新規格はAV機器の規格IEC60065と統合したもので、
旧規格の大部分を引継いではいますが、従来規格とは大きく異なる構成になっています。
本記事では、新規格における空間距離と沿面距離の要求値の求め方を解説します。
また、多くのケースで旧規格に比べ、新規格の方が空間距離が緩和されるようです。
つまり、従来よりも機器を小型化しやすくなります。
ここでは、旧規格で求めた値と比較し、どの程度緩和されるか検証してみます。
IEC62368-1 空間距離の求め方
一般的な仕様の電子機器を例にして説明します。
<例>
最大入力電圧: AC240V(商用電源から供給)
最大動作電圧: ピーク値550V、実効値390V 周波数100kHz
過電圧カテゴリ: Ⅱ (通常、交流主電源から供給される機器はⅡを適用)
汚損度 : 2 (一般に本規格の適用範囲内の機器は2に該当)
設置場所: 海抜2000m以下 (本規格では一部の場合を除き、2000 m以下を前提とする)
空間距離を求めるには次の2つの方法で求め、大きい値を採用します (5.4.2.1)
方法1:ピーク動作電圧を使用して求める (5.4.2.2)
方法2:要求耐電圧を使用して求める (5.4.2.3)
※5.4.2.1等は規格書の項目番号を示す。
<方法1>
ピーク動作電圧を使用して電圧、周波数、短時間過電圧から求めます。
次の①と②をそれぞれ求め、大きい要求値を使用します。
①回路の動作電圧と周波数から求める
周波数によって以下の表を使用して求めます。
周波数30kHzまで 表11
周波数30kHz超える 表12
両方が存在する 表11,12で求めた値の大きい方
※「表11」等は規格書の表番号を示す。
②機器が接続される電源電圧によって定められた短時間過電圧から求める
電源電圧が250V超えない場合 2kV
電源電圧が250V超600V超えない場合 2.5kV
短時間過電圧(2kV又は2.5kV)を表11に適用して求めます。
今回の例では①についてはピーク値550V 100kHzなので表12を使用します。
600Vの行が該当するので、
基礎絶縁 0.07mm 強化絶縁 0.14mm
となります。
②の短時間過電圧については、電源電圧AC240V 50/60Hzなので、
主電源電圧が250V超えない場合の2kVとなります。
2000Vの行が該当するので、
基礎絶縁 1.27mm 強化絶縁 2.54mm
となります。
②の値の方が大きいので、方法1から求める空間距離は
基礎絶縁 1.27mm 強化絶縁 2.54mm
となります。
<方法2>
要求耐電圧は基本的には機器に流入する過渡電圧になります。
(規格書5.4.2.3.3記載の条件を満たせば、過渡電圧よりも要求耐電圧を下げることができる)
過渡電圧は交流電源から電力供給する場合、
機器の定格電圧と設置場所(過電圧カテゴリ)から表13で決まります。
その過渡電圧を表15に適用して空間距離を求めます。
※ここに出てくる「過渡電圧」は方法1の「短時間過電圧」とは違うので注意
今回の例ではAC240Vなので、表13より交流電源電圧300Vの行が該当し、
過電圧カテゴリは区分Ⅱを適用します。
以上から過渡電圧は2500Vとなり、要求耐電圧も同じ値となります。
この値を表15に適用します。
要求耐電圧2500Vより、方法2から求める空間距離は、
基礎絶縁 1.5mm 強化絶縁 3.0mm
となります。
方法1と2の結果より、値が大きい方法2の結果が空間距離の要求値となります。
空間距離: 基礎絶縁 1.5mm
強化絶縁 3.0mm
IEC62368-1 沿面距離の求め方
表18及び19より沿面距離を求めます (5.4.3)
周波数30kHzまで 表18
周波数30kHz超える 表18と表19の大きい値を使用
材料グループはプリント基板の場合、一般的に使用されるFR-4は材料群Ⅲaに該当します。
今回の例では周波数100kHzなので、表18と19それぞれ求め、大きい方の値とします。
<表18>
実効値390Vなので、
表18より320Vの要求値は3.2mm、400Vは4.0mmなので、
390Vは線形補間(間の値を取る)して、基礎絶縁は3.9mmとなります。
<表19>
ピーク動作電圧550Vなので、
表19より、500Vの要求値は0.183mm、600Vは0.267mmなので、
550Vは線形補間して、基礎絶縁は0.225mmとなります。
この値は汚損度1の場合なので、汚損度2は1.2倍します。
表19で求めた基礎絶縁は 0.225×1.2=0.27mm となります。
表18と19の値から、大きい方の3.9mmを使用します。
この値は基礎絶縁の値であり、強化絶縁は2倍して求めます。
強化絶縁 3.9×2=7.8mm
沿面距離が先程求めた空間距離よりも小さい場合は空間距離を沿面距離として適用します。
今回の例では沿面距離の方が大きいので、そのまま適用します。
以上から、沿面距離の要求値は以下となります。
沿面距離: 基礎絶縁 3.9mm
強化絶縁 7.8mm
新規格IEC62368-1 における空間距離、沿面距離の要求値は以上になります。
次は従来規格60950-1との要求値の違いを比較してみます。
IEC60950-1 空間距離の求め方
空間距離を求める方法は以下の2つの方法から選択します (2.10.3)
方法1:ピーク動作電圧を使用して求める (2.10.3)
方法2:要求耐電圧を使用して求める (付属書G)
今回の例では、一般的に使用頻度の多い「方法1」を使用します。
方法1は(1)~(3)の手順で空間距離を求めます。
(1)表2Jより主電源過渡電圧を求める
これは、回路に流入する可能性のある過渡電圧のことです。
電源電圧AC240Vなので、交流主電源電圧300Vの行が該当し、
過電圧カテゴリはⅡを適用します。
従って主電源過度電圧=2500V になります。
(2)主電源過渡電圧を使って、表2Kより空間距離を求める
表2Kは一次回路及び一次~二次回路間の空間距離になります。
二次回路の場合は表2Mより求めます。
今回の例では一次回路の空間距離を求めます。
(1)より主電源過渡電圧2500V、ピーク動作電圧は電源電圧のピーク値になります。
電源電圧の実効値AC240Vなので、最大動作電圧420Vの行が該当します。
※線形補間できますが、一つ上の行210Vも同じ値なので割愛します。
表2Kでの空間距離は以下になります。
基礎絶縁 2.0mm 強化絶縁 4.0mm
(3)ピーク動作電圧が電源電圧のピーク値を超える場合、
表2Lより加算空間距離を求め、(2)で求めた値に加算する
今回の例ではピーク動作電圧550Vで、電源電圧ピーク値240Vを超えるので該当します。
(1)より主電源過渡電圧2500V、汚損度2、ピーク動作電圧 550Vを表2Lに適用します。
最大動作電圧567Vの行が該当します。
基礎絶縁 0.2mm 強化絶縁 0.4mm
この値を(2)と合計します。
以上から、IEC60950-1による空間距離は以下になります。
基礎絶縁 2.0+0.1=2.1mm 強化絶縁 4.0+0.2=4.2mm
<参考>
二次回路の最小空間距離は、表2Mより求めます。
今回の例で二次回路の最大電圧60Vとした場合で求めてみます。
ピーク動作電圧はDC60Vとしたので、71Vの欄を適用します。
最大過渡過電圧は主電源が交流か直流かで以下になります。
交流主電源の場合: 表2Jより求めた一次回路の主電源過渡電圧よりも一段低い値
直流主電源の場合: 71V
今回の例は交流電源なので、一次回路の主電源過渡電圧2500Vより一段低い1500Vとなります。
以上より、ピーク動作電圧71V、最大過渡電圧1500Vとなるので、
二次回路の空間距離は以下になります。
基礎絶縁 1.3mm 強化絶縁 2.6mm
IEC60950-1 沿面距離の求め方
表2Nより基礎絶縁の場合の沿面距離が求まります (2.10.4)
強化絶縁はその値を2倍します。
これまで同様、汚損度2、材料群Ⅲaになります。
実効値動作電圧は今回の例では390Vとなります。
表2Nより、320Vの要求値は3.2mm、400Vは4.0mmなので、
390Vは線形補間して、基礎絶縁は3.9mmとなります。
強化絶縁は基礎絶縁の2倍の7.8mmになります。
以上より、IEC60950-1による沿面距離は以下になります。
基礎絶縁 3.9mm 強化絶縁 7.8mm
沿面距離が先程求めた空間距離よりも小さい場合は空間距離を沿面距離として適用します。
今回の例では沿面距離の方が大きいので、そのまま適用します。
空間距離、沿面距離の新旧規格での違いについて
今回の例では、次の結果となりました。
IEC 62368-1(新規格)
空間距離 基礎絶縁 1.5mm 強化絶縁 3.0mm
沿面距離 基礎絶縁 3.9mm 強化絶縁 7.8mm
IEC 60950-1(旧規格)
空間距離 基礎絶縁 2.1mm 強化絶縁 4.2mm
沿面距離 基礎絶縁 3.9mm 強化絶縁 7.8mm
沿面距離は新旧規格とも同じでしたが、空間距離については新規格の方が小さくなりました。
この例だけでなく、新規格の方が空間距離の要求値が緩和されるケースが多いので、
製品を小型化しやすいといえます。
※但し、周波数が30kHzを超えてピーク動作電圧が600Vを超えると、新規格の方が大きくなる場合もあります。
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